茶事において、初座(*1)(炭点前と懐石)と後座(*2)(濃茶)の間に客は露地の腰掛へ立つ。
これを中立という。中起ちとも書く。
中立の間を利用して、亭主は席の飾り付けなどをあらため、ふたたび客に席入りを請う。
*1 しょざ
*2 ござ
2010年2月12日金曜日
山口吉郎兵衛 やまぐちきちろべえ
明治16年~昭和26年。
わずか4歳で第百四十八銀行の後継者となり、15歳の時山口銀行を設立、大阪実業界に重きをなした。
若年より美術を好み、その研究は専門家を凌ぐと言われた。
現在芦屋自邸跡に山口文化会館・滴翠美術館が開かれている。
わずか4歳で第百四十八銀行の後継者となり、15歳の時山口銀行を設立、大阪実業界に重きをなした。
若年より美術を好み、その研究は専門家を凌ぐと言われた。
現在芦屋自邸跡に山口文化会館・滴翠美術館が開かれている。
2010年2月5日金曜日
菊水の井 きくすいのい
京都室町四条の金剛能楽堂内にあり、武野紹鴎の夷堂の手洗い井戸であったという伝えがある。
また、高台寺の下道、下河原通りにも、ほかに菊水の井と言われる名水があり、三条小鍛冶がこの水で刀を鍛えていたという。
また、高台寺の下道、下河原通りにも、ほかに菊水の井と言われる名水があり、三条小鍛冶がこの水で刀を鍛えていたという。
2010年1月29日金曜日
茶話指月集 ちゃわしげつしゅう
二巻一冊の茶話・茶史書。
藤村庸軒が師の千宗旦の茶話を聞き書きしたもの。
庸軒の娘婿の久須美疎安(*1)の編纂。
宗旦の茶話として利休の茶湯や利休の逸話が多く収められているので有名。
元禄10年(1679)序、同14年版行。
*1 ふじむらようけん = 慶長18年~元禄12年(1613-99) 宗旦四天王の一人
*1 くすみそあん = 寛永13年~享保13年(1636-1728) 宗旦四天王に加える説もある。
藤村庸軒が師の千宗旦の茶話を聞き書きしたもの。
庸軒の娘婿の久須美疎安(*1)の編纂。
宗旦の茶話として利休の茶湯や利休の逸話が多く収められているので有名。
元禄10年(1679)序、同14年版行。
*1 ふじむらようけん = 慶長18年~元禄12年(1613-99) 宗旦四天王の一人
*1 くすみそあん = 寛永13年~享保13年(1636-1728) 宗旦四天王に加える説もある。
2010年1月22日金曜日
2010年1月15日金曜日
南方録 なんぼうろく
博多の立花家に千利休の秘伝書として伝わった全七巻の茶伝書。
堺南宗寺集雲庵の僧、南坊宗啓が書いたと記されているが、実在が確認できず、原本の発見者の立花実山が編集したと考えられている。
重要資料として現在の「わび茶」の概念の形成に大きな影響を与えた。
堺南宗寺集雲庵の僧、南坊宗啓が書いたと記されているが、実在が確認できず、原本の発見者の立花実山が編集したと考えられている。
重要資料として現在の「わび茶」の概念の形成に大きな影響を与えた。
2010年1月8日金曜日
花びら餅 はなびらもち
ごぼうと白味噌餡とピンク色の餅を、餅もしくは求肥(*1)で包んだ和菓子。
平安時代の新年行事「歯固めの儀式」を簡略化したもので、宮中のおせち料理の一つと考えられてきたが、後に新年のお菓子として使われるようになった。
*1ぎゅうひ=もち米の粉をといて蒸したもの
平安時代の新年行事「歯固めの儀式」を簡略化したもので、宮中のおせち料理の一つと考えられてきたが、後に新年のお菓子として使われるようになった。
*1ぎゅうひ=もち米の粉をといて蒸したもの
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