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2022年12月2日金曜日

幕釉 まくぐすり


口辺から二重、三重に厚く掛けた上釉のこと。

釉なだれが幕を張ったように見えるところから名付けられている。

おもに樂家三代道入の作品の特徴としてあげられ、「升」「桔梗」「青山」など、著名な作品にみられる技法である。

2022年11月25日金曜日

京瀬戸 きょうせと


天正から寛永年間(*1)に、宗伯・正意・万右衛門・新兵衛・源十郎・蔵右衛門・吉兵衛・道味・光存・茶臼屋・茶染屋・長存・宗意・大平・道祐などが製した茶器類。

瀬戸釉を用いて京都で焼いたのか、京都の人が瀬戸で焼いたのかは判然としない。

*1 1573-1644

2022年9月30日金曜日

四愛 しあい


梅・蘭・蓮・菊の四種の植物をいう。

四君子を踏まえつつも、やや趣が異なり、梅は林和靖(*1)、蘭は黄山谷(*2)、蓮は周茂叔(*3)、菊は陶淵明(*4)と、それぞれが愛した植物に由来する。

文人画にみられる画題である。

*1 りんなせい
*2 こうさんこく
*3 しゅうもしゅく
*4 とうえんめい

2022年9月23日金曜日

日野椀 ひのわん


滋賀県蒲生郡(*1)日野で生産した椀。

蒲生氏の城下町であった天文年間(*2)に、塗師町・堅地町があり、漆器の生産が行われた。

蒲生氏の転封や宝暦六年(*3)の大火で、漆器生産が衰微したが、日野商人の活躍で日野椀の名は広く知られた。

*1 がもうぐん
*2 1532~1555
*3 1756

2022年9月9日金曜日

須坂焼 すざかやき


信濃国(現在の長野県)須坂の藩主 堀侯の御庭焼。

弘化2年(*1)初代 吉向治兵衛を招いて開窯する。

土はほとんど京都より運び、広く陶器・磁器・楽焼などを焼成。

なかでも糸巻香合、土瓶付焜炉(*2)などの妙作が伝わっている。


*1 1845
*2 こんろ

2022年7月29日金曜日

台子七人衆 だいすしちにんしゅう


豊臣秀吉の許可により、千利休から台子の茶式を伝えられた七人をいう。

『貞要集』によれば、豊臣秀次・蒲生氏郷・細川三斎・木村常陸介・高山右近・瀬田掃部・芝山監物をさす。

織田有楽は利休から別室で極意を伝えられたとある。

2022年7月1日金曜日

東山流  ひがしやまりゅう


利休流という呼称に対して、能阿弥の流儀を想定したらしい。

流儀茶道の発生時代に利休流の称が生まれ、やがて千家流と称されるのに対し、東山文化の茶湯が東山流と称されるに至った。

因みに、堺流、続いて奈良流などという称はあえて異を立てたものと言える。

2022年6月10日金曜日

方立口 ほうだてぐち


出入口の脇に方立を立て、角柄(*1)の鴨居を用いる形式で、茶室の茶道口や給仕口に使う。

古田織部は方立に竹を用いた。

建具として太鼓張りの襖を片引き、あるいは引き違いにする。

方立・鴨居を用いず壁を塗り回した火灯口とは対照的と言える。


*1 つのがら

2022年5月27日金曜日

露地口 ろじぐち


露地の入口のこと。

茶湯はこの露地口を入る時から始まると利休は説いていた。

形式は一定しないが、露地の周囲を巡らした高塀に潜りをあけ引戸を立てるのが通例で、交潜り形式をとることも多い。

また露地門を構えることもある。

2022年5月20日金曜日

甫竹 ほちく


利休時代の茶杓師。

堺の人。

通称重右衛門。

もと絹商人だといわれる。慶首座(*1)に茶杓削りの技を学び、利休よりその秘伝を受けて茶杓師となり、古田織部の愛顧を受け、徳川秀忠にしばしば茶杓を献上したという。

子孫4代みな甫竹を称した。


*1 けいしゅそ = 桃山時代の禅僧。茶杓削りの名手。


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2022年4月22日金曜日

正木美術館 まさきびじゅつかん


昭和43年、大阪府泉北郡忠岡町に開館した。

実業家の正木孝之氏の収集品で小野道風筆「三体白氏詩巻」、藤原行成筆「後嵯峨院本白氏詩巻」、「大灯国師墨蹟」の3点の国宝と7点の重要文化財を主に水墨画・墨蹟・考古品陶器など、東洋古美術のコレクションである。

正木美術館の公式サイト↓↓
http://masaki-art-museum.jp/

2022年3月25日金曜日

利休七哲 りきゅうしちてつ

 
利休の弟子の武家七人をあげていう。

『江岑夏書(*1)』には、「利休弟子七人衆」とあり、蒲生氏郷、高山右近、細川三斎、芝山監物、瀬田掃部、牧村兵部大夫、古田織部をあげる。

後世、織田有楽あるいは荒木村重を加えるなど様々な茶書で構成が微妙に変わる。

*1 こうしんげがき=寛文3年表千家4世江岑が執筆

2022年1月28日金曜日

雪間草 ゆきまぐさ


江戸中期成立の茶史書。

坂本周斎著。

茶種の将来に始まる茶湯の略史、茶人伝、茶道具の由来など、茶湯の歴史に関する事項を集成した書物。

なお『雪間草茶道惑解』は本書の同本と考えられる。

転写本が京都大学図書館・今日庵文庫に架蔵される。

2022年1月14日金曜日

伊東陶山 いとうとうざん


弘化3年-大正9年。

陶工。

京都に生まれ、名は幸右衛門。亀屋旭堂に陶法を学び、慶応3年祇園白川畔に開窯、朝日焼の復興や粟田焼の改良に努力した。

明治28年に陶山と改名、久邇宮家より陶翁の印を拝領、のち帝室技芸院に列した。

2022年1月7日金曜日

神号掛物 しんごうかけもの


神名を書き、祭祀の本尊として仰いだもの。

大神・明神ないし権現・菩薩などの号が神名に付せられている。

一神名を掲げるものだが、三社神号(*1)では伊勢皇大神を中尊、八幡大菩薩と春日大明神を脇侍として示している。

特に宸筆(*2)の神号掛物が珍重される。

*1 しんぴつ=天皇の自筆

2021年12月17日金曜日

破墨 はぼく


水墨画法の一つ。

中国唐代の画論に登場する王維(*1)の”破墨山水”という言葉が最初。

技法の実際については定説がない。

素地を残して物象を表現する画法とする説があるが、淡墨で要所をきめ、のちに濃墨を加えて仕上げる山水樹石表現の技法と解されている。


*1 おうい=中国唐代の詩人・画家

2021年12月10日金曜日

婆娑羅 ばさら


財力に任せて、華美な服装などで飾りたて奢侈(*1)を極めること。

南北朝時代の佐々木道誉などはその代表的な人物。

南北朝期の茶寄合に見られる唐物とよばれる舶来の名物道具を中心にして、規式や御飾りを重んずる傾向も、その風潮を顕現したものといえる。


*1 しゃし


2021年12月3日金曜日

後窯 のちがま


瀬戸茶入六種(古瀬戸・春慶・真中古・金華山・破風窯・後窯)の内の一つ。

桃山時代から江戸時代前期にかけて焼かれ、織部・新兵衛・宗伯など作者名のわかっているものをいう。

いずれも作者の作風がはっきりと表れた個性的な茶入が多い。

2021年11月19日金曜日

御道具奉行 おんどうぐぶぎょう


室町末期の臨時の役職。

将軍の御成りをはじめとする盛大な行事を行う場合、座敷を飾る茶器・屏風その他有用な道具を借り集めることをつかさどった奉行。

永禄4年(*1)の『三好亭御成記』には「諸道具奉行」「御道具借奉行」とある。

*1 1561年

2021年11月12日金曜日

嘉長 かちょう


伊予松山生まれの彫金工。

秀吉に招かれて京都に住み、建築金具の調進を命ぜられたとも、また小堀遠州に重用されたともいわれる。

桂離宮書院の釘隠・引手などは嘉長の作と伝えられる。

また七宝流しの技法にも優れていたといわれるが、伝記は詳らかでない。