古くは「すきもの」とは和歌を作ることに執心な者を指し、東山時代には連歌師がこの称で呼ばれた。
さらに桃山時代には富裕な町衆の間で茶の湯が流行し、芸道化が進んでこの称を独占するようになった。
「数奇者」と書く場合もある。
2012年1月13日金曜日
2012年1月6日金曜日
2011年12月23日金曜日
野村得庵 のむらとくあん
明治11年ー昭和20年(1878-1945)。
50代で金融界の重鎮となり、政界においても貴族院議員に勅選され、野村財閥の基をなした。
茶湯のみならず能楽・画技をも習熟した。
南禅寺近くに別邸碧雲荘を構え、しばしば茶事を催した。
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50代で金融界の重鎮となり、政界においても貴族院議員に勅選され、野村財閥の基をなした。
茶湯のみならず能楽・画技をも習熟した。
南禅寺近くに別邸碧雲荘を構え、しばしば茶事を催した。
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2011年12月16日金曜日
2011年12月9日金曜日
本願寺名物 ほんがんじめいぶつ
摂津国石山本願寺に伝来した名物茶道具を指す。
その後は東西両本願寺に踏襲され現在に至るもの、また入札売立により諸家に分蔵された物も少なくない。
「珠光小茄子」「一文字呉器」「白天目」「末松山盆石」などが著名である。
その後は東西両本願寺に踏襲され現在に至るもの、また入札売立により諸家に分蔵された物も少なくない。
「珠光小茄子」「一文字呉器」「白天目」「末松山盆石」などが著名である。
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