2010年6月25日金曜日

在銘 ざいめい

茶碗・茶入・茶杓などに銘や作者名などを記すこと。

直接品物に直書したものには、漆書や墨書、また針彫などがある。

また箱に銘の書かれることも多く、大名系の箱書では蓋の表に、千家や薮内家の各流では蓋裏に書かれることが多い。

2010年6月18日金曜日

茶杓三百選 ちゃしゃくせんびゃくせん

書名。昭和28,29年に刊行。高原杓庵(*1)編。

茶杓の名作300杓を写真を添えて解説したもの。

「古流利休系篇」「大名芸林派篇」「流儀篇」の三篇からなる。

同四十年には新たに112杓を収めた『茶杓拾遺集』を刊行。


*1 たかはらしゃくあん =茶杓研究家、毎日新聞学芸部副部長から白鶴美術館に勤務。

2010年6月11日金曜日

高橋箒庵 たかはしそうあん

(1861-1937) 名は義雄。

『大正名器鑑』の編集者。

旧水戸藩士の出で、時事新報記者となる。

益田鈍翁等と親交があり、明治45年三井合名理事を最後に実業界を退いて後は、自邸に寸松庵・白紙庵などを建て茶事を楽しんだ。

名物茶器の鑑定と記録等の著述多数あり

2010年6月4日金曜日

総見院 そうけんいん

紫野大徳寺の塔頭(*1)。

天正10年、本能寺の変で亡くなった織田信長の菩提を弔うため、豊臣秀吉が創建。

開山は千利休の師匠として知られる古渓宗陳(*2)。

同13年の大徳寺大茶会はここの方丈(*3)が秀吉の囲いとされ、中心会場となった。

*1 たっちゅう = 5/28登録分参照
*2 こけいそうちん = (1532〜1597)
*3 ほうじょう

2010年5月28日金曜日

塔頭 たっちゅう

本来は、禅寺で祖師や高僧の死後、弟子が師の徳を慕って、その墓塔の頭(*1)やその敷地内に建てた小院のこと。

それから転じて、寺院の敷地内にある、高僧が隠退後に住した子院のこともそう呼ぶようになった。

塔中(*2)、塔院(*3)、寺中(*4)とも。

*1 ほとり
*2 たっちゅう
*3 とういん
*4 じちゅう

2010年5月21日金曜日

利休七則 りきゅうしちそく

茶湯の教則。

「利休七ヶ条」ともいう。

「一、花は野にある様、一、炭は湯の煮ゆる様、一、夏は涼しく、一、冬はあたたかに、一、刻限は早目に、一、天気にても雨の用意、一、相客に心をつけ候事」との七条を示している。

2010年5月14日金曜日

石州流 せきしゅうりゅう

千道安から桑山宗仙(*1)に伝わった利休の茶の湯を片桐石州が受け継ぎ、さらに独自の作意を加えた流派。

石州は四代将軍徳川家綱の茶道師範であった関係で、全国の大名や旗本などの間で広まった。

藤林流(*2)、怡渓派(*3)、不昧派(*4)など多くの分派・別派に分かれている。

*1 くわやまそうせん
*2 ふじばやしりゅう
*3 いけいは
*4 ふまいは