本阿弥光悦の遺徳を偲ぶ茶会。
土橋嘉兵衛・山中定次郎らが世話役となり、三井松籟・益田鈍翁・馬越化生・団琢磨などの賛助を得て、大正4年に財団法人として発足、鷹ヶ峰光悦寺に大虚庵・騎牛庵・本阿弥庵などを新築して盛大に開かれた。
今も毎年11月に行われている。
2010年11月4日木曜日
長闇堂記 ちょうあんどうき
茶史茶説書。
奈良の侘び茶人長闇堂(*1)が、その自叙伝に茶湯見聞記および茶説を加えたもの。
見聞記には、利休・織部・遠州や津田宗及・山上宗二らの茶湯者や大名茶人の茶湯のことなども記しているので、桃山時代の茶道を知る重要な資料でもある。
*1ちょうあんどう = 久保権大夫(1571-1640)
奈良の侘び茶人長闇堂(*1)が、その自叙伝に茶湯見聞記および茶説を加えたもの。
見聞記には、利休・織部・遠州や津田宗及・山上宗二らの茶湯者や大名茶人の茶湯のことなども記しているので、桃山時代の茶道を知る重要な資料でもある。
*1ちょうあんどう = 久保権大夫(1571-1640)
2010年10月29日金曜日
鴻池道億 こうのいけどうおく
明暦元年(1655)〜元文元年(1736)。
大阪の豪商。
茶の湯を嗜み、茶道具の目利き鑑定をもって世に知られた。
所持した名物は、利休七種茶碗の大黒・東陽坊、本能寺文琳の茶入などおびただしく、その詳細は「鴻池家道具帳」に記されている。
大阪の豪商。
茶の湯を嗜み、茶道具の目利き鑑定をもって世に知られた。
所持した名物は、利休七種茶碗の大黒・東陽坊、本能寺文琳の茶入などおびただしく、その詳細は「鴻池家道具帳」に記されている。
2010年10月22日金曜日
2010年10月15日金曜日
有馬筆香合 ありまふでこうごう
形物香合番付西方二段目。
「有馬筆」の名は、この香合の蓋甲の摘みの人形が、有馬温泉土産の筆の筒先から出たり入ったりする小さな人形とよく似ていることから名付けられた。
稀に人形のないものもある。
「有馬筆」の名は、この香合の蓋甲の摘みの人形が、有馬温泉土産の筆の筒先から出たり入ったりする小さな人形とよく似ていることから名付けられた。
稀に人形のないものもある。
2010年10月8日金曜日
2010年10月1日金曜日
東陽坊 とうようぼう
京都建仁寺本坊にある茶室。
杮葺き(*1)の屋根で、二畳台目の下座床。
利休の門弟東陽坊長盛が北野大茶会のときに建てた茶室であったと伝えられる。
その後、たびたび移築が行われ、大正13年頃に現在の場所に移された。
*1 こけらぶき
杮葺き(*1)の屋根で、二畳台目の下座床。
利休の門弟東陽坊長盛が北野大茶会のときに建てた茶室であったと伝えられる。
その後、たびたび移築が行われ、大正13年頃に現在の場所に移された。
*1 こけらぶき
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