姫路侯 酒井宗雅(*1)による茶会記 三冊。
姫路城・江戸邸及び旅中の自会記である。
内容は懐石料理にまで及んでいる。
逾好の名は、酒井宗雅の江戸邸の茶室逾好庵からきている。
ちなみに酒井宗雅の弟は画家の酒井抱一(*2)である。
*1 さかいそうが
*2 さかいほういつ
2009年7月17日金曜日
2009年7月10日金曜日
2009年7月5日日曜日
2009年6月26日金曜日
2009年6月19日金曜日
物見の石 ものみのいし
露地に配置する飛石の一つ。
普通の石よりも扁平で大振りのものを用いる。
この石から露地の風景や茶室の扁額(*1)などを眺め賞するので、この名がある。
それ故に、別名を「額見の石(*2)」ともいう。
*1 へんがく
*2 がくみのいし
普通の石よりも扁平で大振りのものを用いる。
この石から露地の風景や茶室の扁額(*1)などを眺め賞するので、この名がある。
それ故に、別名を「額見の石(*2)」ともいう。
*1 へんがく
*2 がくみのいし
2009年6月12日金曜日
川上不白 かわかみふはく
享保元年〜文化四年(1716-1807)。
不白流開祖。
茶匠を志し、如心斎のもとに参じ、大徳寺大龍和尚に参禅。
25歳の時に七事式の創案に参画、32歳で江戸に住し千家茶道の普及につとめ、一流を許され江戸千家を称した。
不白流開祖。
茶匠を志し、如心斎のもとに参じ、大徳寺大龍和尚に参禅。
25歳の時に七事式の創案に参画、32歳で江戸に住し千家茶道の普及につとめ、一流を許され江戸千家を称した。
2009年6月5日金曜日
本能寺文琳 ほんのうじぶんりん
漢作唐物文琳茶入。大名物。
別名『朝倉文琳』『三日月文琳』。
もと朝倉義景の所持。「三日月」の名は弦月状の釉抜けがあることから名付けられた。
その後織田信長に伝わり、さらに本能寺に寄進されたのでこの名がある。
別名『朝倉文琳』『三日月文琳』。
もと朝倉義景の所持。「三日月」の名は弦月状の釉抜けがあることから名付けられた。
その後織田信長に伝わり、さらに本能寺に寄進されたのでこの名がある。
登録:
投稿 (Atom)
